本多 正房(ほんだ まさふさ)は、江戸時代前期の越前国福井藩家老。通称賢物、源四郎、左近。高知席本多修理家初代。
略歴
寛永11年(1634年)12月9日、福井藩家老・本多富正の庶子として府中にて誕生。慶安2年(1649年)父・富正の死去により、5000石の分知を受け、藩主松平光通に仕えて家老となる。寛文9年(1669年)本家の家督を継いだ甥・長員が幼少のため、陣代と後見を務める。
寛文11年(1671年)11月15日没。享年38。家督は嫡男・富敬が継いだ。
参考文献
- 東京大学史料編纂所「本多家譜」




